かんとこうブログ
2020.10.16
日本人にとって特別な色・・・赤の物語 その3
昨日のベンガラに続きご紹介するのは「辰砂」です。
辰砂とは耳慣れない言葉だと思いますが、読み方は「シンシャ」英語名は「Cinabar」化学組成は HgS(硫化水銀)です。古くから赤色顔料や水銀の原料として用いられてきました。英語名の「Cinabar」は、「竜の血」という意味のペルシャ語「Zinjirfrah」アラビア語の「zinjafr」に由来するとされています。また、ギリシャ語の赤い絵の具を意味する「Kinnaberis」に由来との説もあります。
紀元前2000年にスペインのアルマーデンで採掘されていたという記録があり、世界最大の鉱床は中国の辰州(現在の湖南省)にあり、古くから産出量も多かったことから、日本では辰州の砂を意味する「辰砂」と呼ばれるようになりました。同じ硫化水銀でも、天然物を集めたものが「辰砂」と呼ばれるのに対し、人工のものは「バーミリオン」と呼ばれています。この「辰砂」から作られた絵具は、ポンペイの遺跡の壁画にも多く用いられたほか、中国では朱を交えた漆、朱漆として用いられました。日本では、奈良法隆寺の壁画などにベンガラや丹(四三酸化鉛)とともに使用されています。
この「辰砂」、後世では水銀を使った鉱山業に利用されました。辰砂を熱して水銀蒸気を発生させ、それを冷却して水銀とし、そこに金属を入れてアマルガムを作らせしめ、さらに加熱して再び水銀を蒸気として取り出すことで金属の精錬をしていたとのことです。何とも作業者には恐ろしい精錬方法です。特に、砂金から金を取り出すために利用され、世界的に主に発展途上国で環境汚染が問題になっています。
一方でこの「辰砂」は、その不思議な外観も相まって、「賢者の石」とも呼ばれ、不老不死の薬として飲用されたりもしましたが、もちろん、そのような効果はありません。
「辰砂」は、ベンガラに比べると希少性が高く、赤顔料としての使用量は限られていたようです。代わりに「バーミリオン」はいまだに絵画用としては使用されているほど長い間重用されてきました。この「バーミリオン」についてはこのあとでも少し触れます。
この「辰砂」の記述内容については、以下のサイトから引用または内容を参考にしています。
https://sites.google.com/site/fluordoublet/home/colors_and_light/inorganic_pigment/cinnabar
https://recarat.com/cinnabar-shinsha/
ベンガラと辰砂という二つの代表的な赤顔料をご紹介しましたが、それ以外の歴史的に使用されてきた赤色顔料を下表に示します。
一番上のバーミリオンは、絵画の世界で大活躍しました。カドミウム・レッドはそれに代わる顔料として台頭してきました。3番目の鉛丹は、いわゆる神社の鳥居の色です。つい最近まで使用されていましたが、日本での鉛顔料の自主規制により代替顔料が使われるようになりました。4番目のコチニール(カーマイン・レーキ)は、虫から採取した赤ですが、鮮やかな赤として珍重されてきました。
5番目のアリザリンは日本も含め世界中で使用されましたが、後で触れるように人工的に合成されるようになりました。6番目のブラジルは、南米が西洋に知られるずっとずっと以前から使用され、セイロンが大きな産地であったそうです。その後ポルトガル人が南米に行き、同様の木が大量にあることを発見し、その地をブラジルと名付けたという逸話が残っています。ただしあまりにも徹底的に伐採されたため、現在ではこの木はほとんど残存していないそうです。(『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [顔料] http://www.cad-red.com/jpn/mt/pig_red_xxx.html)
最後の亜酸化銅は、実は他の顔料とは全く違う目的で使用されているのですが、たまたま赤い色をしているために表にいれました。船の底の海水に没する部分に塗装される船底塗料に使用されていますが、目的は着色ではなく貝や海藻の付着を防ぐためです。亜酸化銅は海水中で微量ずつ溶け出し生物の付着を防ぐ効果があります。船の底が赤いのはこの亜酸化銅の色のためです。この亜酸化銅もベンガラと同様に、粒径によって色が変わり、粒径が大きくなると赤から紫、さらに黒に変化していきます。
以前ご紹介した「セザンヌのパレット」では赤の顔料としてこの表の中のバーミリオン、カーマイン・レーキ、マダー・レーキの3種類とベンガラが登場していました。上表の顔料の課題としては、上の3つは重金属を含んでおり、下の3つは有機物であるため耐候性が弱くいずれも体質顔料などにしみこませて不溶化して使用せざるを得ないことでした。
ここまで歴史的な赤顔料を書いてきました。明日は最終回、近