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かんとこうブログ

2023.02.13

光を99.98%以上吸収する至高の暗黒シート

2月13日に掲載した本記事ですが、元関西ペイントの中畑顕雅氏からのご指摘をいただき、一部内容を修正しております。中畑氏に感謝の意を表するとともに、不正確な内容だったことを皆様にお詫びいたします。

2023年1月18日に産総研国立研究開発法人 産業技術総合研究所)と量研(国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構)から、漆類似成分のカシューオイル黒色樹脂の表面に微細な凹凸を形成して光を閉じ込めることで、可視光の99.98%以上を吸収する「至高の暗黒シート」を開発したと発表がありました。(下記接続先)

産総研:全ての光を吸収する究極の暗黒シート (aist.go.jp)

このサブタイトルは-触れる素材で黒さ世界一、秘密は漆に似た成分と光閉じ込め構造-となっており、これまで幾度か紹介されてきた触ると崩壊するような素材ではなく、触っても変化しない堅牢性を備えた素材であり、かつ漆に似た成分(カシューオイル)を材料に使用し、表面を光閉じ込め構造にすることで漆黒材料を創製したと説明しています。

カシューオイルは、「カシューナッツの殻から抽出したポリフェノール類。主な成分のカルダノールは、漆の成分(ウルシオール)に類似している。カシューオイルを用いた塗料は、漆の代用としても使用される。漆とは異なり、硬化に高い湿度は不要であり、空気中で自然乾燥する。また、漆かぶれが起きない。」と説明されています。関塗工の構成メンバーであるカシュー株式会社の社名は同社がカシュー殻から取り出したオイルを利用した塗料を開発し成功を収めたところから名付けられたとされています。

この技術、要は天然の油を硬化させる過程で特殊な表面構造に加工することでこの黒い表面を作り上げたということなのです。能書きはともかく、どのくらい黒いのか写真をご覧ください。

右の写真の中央が今回創製した”至高の暗黒シート”で可視光吸収率が99.98%以上あるとされています。左下の写真がその表面構造で、円錐がすきまなく直立している様子がわかります。この構造、これまで世界一黒いものの紹介の中で何度もでてきた、針千本を上から見ると黒く見えるという理屈と同じ原理で黒く見えるのです。この表面構造と作り方を下図に示します。

左端の図が入射光が抜け出せなくなる条件を示したいますが、円錐の断面図において底面と側面のなす角度Θが、tanΘ>4の条件を満たす場合には、光が抜け出せなくなることを示しています。

こうした微細構造を持つ表面をつくるには特殊な工法が使用されています。中央から右にかけての6枚がその作り方を示しています。まず光硬化性で放射線損傷をうけやすいCR-39(アリルジグリコールカーボネートポリマー)にイオンビームを照射し、損傷した部分をエッチングで処理することにより表面に凹凸のないきれいな円錐状の構造ができあがります。ここにシリコーン樹脂液を入れて型を作り、剥離して取り出します。この型をカシューオイルの樹脂液に載せたまま硬化させると微細な円錐が林立する微細構造がカシューオイル樹脂の表面に再現される仕組みです。

実はこの微細構造の作成方法はすでに開発されていました。ただシートを形成する材料として今回のカシューオイルではなく、カーボンブラックの粒子をシリコーンゴムに混練りしたものを使っていましたが、せっかく作り上げた表面構造にも拘わらず、至高の暗黒シートとはならず可視光領域では0.3~0.5%程度の反射が残っていました。この原因はカーボンブラック粒子表面における光散乱と考えられてきました。

今回カシューオイルを用いたことによりこうした表面散乱が抑制されたため可視光領域でも反射率0.1%を下回る至高の暗黒表面ができあがったと説明されています。つまり黒さが粒子由来でなくカシューオイル由来であることが奏功の理由であるというのです。

それではカシューオイルの黒さはどこの由来するのでしょうか?産総研の説明では以下のように説明されています。

「カシューオイル樹脂を構成するポリフェノール類は、漆の成分と類似しており、鉄と錯体を作ることでポリマー自体が顔料を加えなくても黒くなります。」

漆は鉄錯体を形成することで漆黒と呼ばれる深みのある黒色を呈することが知られていますが、カシューオイルの主成分であるカルダノール、カルドールは、漆の主成分でありウルシオールと類似の構造を有するフェノール化合物であり、鉄と錯体を形成することで黒色を呈するとのことです。(下図)

このカシューオイル鉄錯体を利用した黒い樹脂からなる表面の可視光吸収率は、下図のようにまちがいなく2019年のカーボンシリコンゴムに比べて低くなっているようです。

世の中には、BMWのVantablackのように触れると壊れてしまうような世界一黒いものもあります。今回の至高の暗黒は確かに触れることのできる本当に黒いもののようですが、実際にはどのような大きさでも再現可能か、という観点でも実用性が評価されるべきではないかとも思います。しかし多様な技術を用いたアプローチで世界一黒いものがどんどん報告されている現状は大変刺激的ではあります。

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