かんとこうブログ
2023.03.15
空気抵抗を減少させる塗膜形成技術
昨年来、航空機の機体表面にリブレット(サメ肌のような周期的な微細構造)を形成することにより燃費低減を図ることができるというニュースが伝えられています。最初にANAが発表し、ついでJALも発表していますが、こうしたリブレット形成には、航空機に塗装されている塗膜も関係しているようです。今日はこのリブレット形成における塗膜の役割を中心にご紹介したいと思います。
最初はANAのリブレットについて、昨年10月6日の日経クロステックの記事から引用します。
微細な三角形の凹凸構造(リブレット:左上の写真)を空気と接する面に形成させると、摩擦抵抗が小さくなることが既に知られているので、そうした表面微細構造をもつフィルムを機体の一部に貼り付けて、耐久性など技術的な検証を行っていると報じています。左上の写真は、リブレット表面構造を示す電子顕微鏡写真、右上の図は、リブレット形成によって渦形成が著しく低減され、摩擦抵抗が低減される様子を示しています。また、このリブレット表面を有するフィルムはニコンのレーザー加工技術によって作成されANAに提供されたとニコンが報じています。
一方今年の2月28日には、日本航空株式会社(以下「JAL」)、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下「JAXA」)、オーウエル株式会社(以下「オーウエル」)、株式会社ニコン(以下「ニコン」)の4社の名前でこうした航空機の機体表面の抵抗低減のためのリブレット形成技術についてかなり詳しい内容が発表されています。(ニコンのHP【以下のURL】、JALとJAXAにも同一内容の発表があります。)
https://www.jp.nikon.com/company/news/2023/0228_riblet_01.html
この4社の役割を表した図です。この4社の役割については以下のように説明されています。上の図の左上隅のRefreshマークはこのプロジェクトのシンボルマークで「リブレットのヒントとなったサメの背びれをモチーフに、リブレットに沿って滑らかに流れる白いラインと環境への優しさを表すグリーンに塗り分けています。サメのようにパワフルに本プログラムを推進します。」と説明されています。
ここで技術的に興味を惹かれるのは、2種類の方法でリブレットを作成していることで、その方法の一つはANAのところで紹介したレーザー加工技術ですが、もう一つはなんとオーウエル株式会社の塗膜形成技術です。ポイントはいずれもフィルムとして貼り付けるのではなく、機体に塗装された塗膜を化工してその表面にリブレットを形成させるところにあります。機体に塗装される塗膜についてはすでに耐久性において実績がありますので、その塗膜自身を化工してリブレットを形成すれば、できあがったリブレットの耐久性には十分な期待ができるという意図ではないかと思われます。
それでは、どうやってオーウエルは塗膜形成技術でリブレットを作成するのでしょうか?ニコンやJAXAの発表では詳しいプロセスは書かれていませんでしたが、Paint & Coatings Journal(2023年3月8日発行)に説明がありましたので、それを要約して解説します。図はニコンのサイトからの引用です。
最初にリブレット形状をもたせた水溶性モールド(水に溶解する素材でできた金型)に航空機用塗料を塗工し、モールド/塗膜の一体化物(上図上段の図)を作ります。この水溶性モールドは、水には易溶ですが、有機溶剤には不溶ですので、航空機用塗料の塗工によってモールドとしての機能が損なわれることはありません。
塗工後の塗膜が完全硬化しないうちに、機体の既存塗膜上に一体化物の水溶性モールドが表面に向くようにして重ね圧着(上図下段の左から2番目の図)します。重ねた航空機用塗膜が完全硬化するとともに圧着されるのを待って、上から水洗して水溶性モールドを洗い流します。(上図下段右から2番目の図)水溶性モールドが洗い流されれば機体表面に塗膜を成分とするリブレットが形成される(上図下段の右端の図)という仕組みです。まさにPaint-to-Paint Methodと英語で表現されるべきリブレットの作成方法です。
オーウエルという会社がどうしてこのようなことができるのかというと、この会社の事業領域に「塗膜形成技術」があるからです。工業用塗料の取り扱い高では国内トップクラスの商社であるだけでなく、塗工段階も自分たちの事業領領域として捉え、塗工方法の選択、塗工条件の最適化や塗工における課題解決支援など幅広く塗料と塗装に関わる事業を展開しています。今回のPaint-to-Paint Methodもこうした長年の経験と技術の賜物であると思われます。
さて、それではどうしてリブレットが表面に形成されると空気抵抗が減るのでしょうか?それは機体付近にできる空気の渦が関係しているようです。
JAXAのスーパーコンピューターのシミュレーションによれば、リブレット形成により空気の渦のできる位置が機体近傍から遠ざかり摩擦抵抗が低減されるということです。
この方法で実際の航空機の機体表面にブレットが形成してからすでに1500時間のフライト時間が経過しましたが、耐久性には問題がないことが確認されています。一方のレーザー加工で形成したリブレットの実機試験でも耐久性は良好なようです。塗膜形成技術とレーザー化工技術のどちらが採用されるのかについては、実際にリブレット化工が施工されるであろう機体整備場での施工性の良さが決め手となるのかもしれません。機体の表面積はかなり大きいため、施工スピードの点で塗膜形成技術の方が有利のような気がするのですが。どうでしょうか?