お電話でのお問合せはこちら
TEL:03-3443-4011

かんとこうブログ

2024.07.25

盗撮を防ぐ機能性材料・・近赤外線吸収率の話です

本日パリ五輪開幕ですが、先日新聞に「盗撮禁止に新素材」という記事がありました。ミズノが、住友金属鉱山、共同印刷とともにこれまでは完全に防止することが難しかった赤外線カメラによる盗撮を防止できるようになったと報じられました。

下の写真は、従来の生地と開発された新素材を使用した生地を用いたユニフォームについて、普通の写真と赤外線写真でどの程度下地が見えるのかを表しています。

従来のゲームシャツ用生地では困難であった赤外線カメラからの完全な下地隠蔽が達成されています。技術的には近赤外線の吸収能力を高めたことになりますが、ここに使われている材料とその開発経緯についてご紹介したいと思います。少し難しい話ですが塗料にもまんざら関係のない話でもありませんので、じっくりと読んでください。

新聞記事の中で住友金属鉱山が機能性材料を提供していると聞いてある材料を思い出しました。それはホウ化ランタンです。今から20年ほど前に紹介を受けた記憶がありました。フィルムに練りこんでガラスに貼ると室内の温度上昇を防ぐ効果があるとのことでした。調べてみると時代とともに技術は進歩していました。ホウ化ランタンはLB6(6ホウ化ランタン)の商品名で紹介されていましたが、その後の新しい商品としてCWO(セシウムドープ三酸化タングステン)が開発されており、現在の主力商品のようでした。しかし、LB6は緑色を帯びることが、CWOは青色を帯びることが課題とされており、ITO(錫ドープ酸化インジウム)のような透明材料を目指しCPT(セシウムドープ・ポリタングステン)が開発されたと書かれています。以下ミズノの関連サイトから引用してご紹介します。

それではCPTが可視光線と赤外線に対してどのような吸収特性があるのかから見ていきたいと思います。

青色の点線がこれまでのCWO、灰色の点線がITOの可視光から赤外線領域の光に対する透過率を示します。いずれも可視光はほとんど透過し、赤外線光はほとんど吸収することがわかりますが、ITOに比べるとCWOは透過光が青色側に偏っています。これがCWOを使用すると青みを帯びる理由です。住友金属鉱山では、CWOをITOのように無色透明にするため、さまざまな改良を行い、CWOとITOの間を埋めるようにいくつもの物質を開発したと説明されています。

どのようにしてCWOを改良していったのかを説明するため、CWOの可視光線と近赤外線の吸収(反射)がどんなメカニズムによって起こっているか示します。

CWOの改良を一言で言えば、開発の結果CWOの吸収係数の曲線を全体的に右へ移動したということです。ただし、その移動はこれらの吸収が行われるメカニズムすべてに働きかけて改良がおこなわれたということでしたので、その改良経緯を波長の短い順に説明していきます。

可視光の青色領域の光にたいしては以下のように説明されています。(太字は引用です)

青波長の吸収は、材料のバンド端遷移吸収に依存。バンド端遷移吸収は、バンドギャップ(価電子帯と導電帯の差)が狭くなれば遷移エネルギーは小さくなり、青波長の吸収が大きくなる。CWO®よりもバンドギャップが少しだけ小さいCPT材料を用いて、これを実現した。
   
ここで価電子帯とは電子が軌道を埋めていて軌道に束縛されている状態、導電帯とは電子が束縛を離れている状態であり、ここに電子が存在すると電気を通すようになります。半導体や絶縁体ではこの両者の間にギャップがあり、これをバンドギャップと呼んでいます。(下図)
青色の吸収をあげるため、このバンドギャップを小さく(狭く)したと説明されています。
  
さらに高い赤外線吸収率を維持するために、可視光に隣接する近赤外領域の吸収を担うポーラロン遷移吸収と近赤外線全般の吸収を担うLSPR(局在化した表面プラズモン共鳴)についても改良を行っています。
  
ポーラロン遷移吸収とは、ポーラロン濃度すなわちセシウムをドープ(人為的に添加)した格子中に見られる酸素欠損濃度に依存します。下図のようにセシウムをドープすることで酸素欠損部位(V0)が生じ、その濃度で赤外線吸収率が変化します。この酸素欠損濃度を制御することで近赤外線の吸収を制御したと説明しています。
   
さらにLSPR(局在化した表面プラズモン共鳴)については、結晶構造を六晶系から斜方晶または三方晶の結晶構造を持つCPT材料を開発したことにより、近赤外線吸収量を落とさずに吸収をシフトできたと説明されています。
   
  
プラズモン吸収とは、ナノ微粒子などの表面で起きる現象で特定の波長に対して表面の電子が共鳴する現象であり、ナノ粒子の大きさや結晶構造に依存します。金ナノ粒子のプラズモン共鳴による赤色やその応用であるステンドグラスなどはかなり知られているのではないかと思います。
  
CPTの赤外線吸収では六晶(六方晶)系のC方向(六角柱)は高さ方向を意味しており、これに垂直、水平な方向の光に対し共鳴が起きます。この開発では、三斜晶系に変更することで吸収率を損なわず吸収曲線をシフトさせることができたと説明しています。
   
少し難しかったかと思いますが、こうした可視光、近赤外線領域の吸収特性をどのようにして変化させることができるのかと言う点では塗料にも通じる技術ではないかと思います。分子構造を変化させて光の吸収を制御するという手法をもっといろいろな機能に使うことができればよいのではと思います。

コメント

コメントフォーム

To top