かんとこうブログ
2025.06.23
塗装するだけで室内の温度が5℃下がるという日産のCM
最近テレビで流れている日産自動車のCMの中に、「塗料を塗装するだけで室内温度が5℃下がる」というフレーズがあり、気になっていたので調べてみました。なかなか興味深いことがわかりました。
この日産のCMに関して、いろいろな記事がありましたが、その中で最もメカニズムについて言及の多かった「ウオーカーズ・プラス」というサイト(下記URL)の昨年の8月29日の記事から、図と文章を引用させてもらいます。
https://www.walkerplus.com/article/1214010/
ここで使用されている技術を「自然界にありふれた“放射冷却”を、自然界にない材料技術で実現」と表現しています。これはまさに言いえて妙です。説明を引用させてもらいます。
「自動車用自己放射冷却塗装は、放射冷却製品の開発を専門とするラディクール社と日産自動車が共同開発した塗料。放射冷却とは、物体が外部に熱を電磁波として放射し、温度を下げていくことを言い、それ自体は自然界にありふれた現象。一例を上げれば、晴れた冬の朝に地面に霜ができるのも、夜間に放射冷却で地面が冷えることが関わっている。
今回の塗装に使われている“熱のメタマテリアル”は、塗料の塗膜の中に、温度が上昇すると特定の波長の電磁波を放出する粒子がこめられている。この電磁波には大気に吸収されない波長を含むという特徴があり、電磁波に変換された熱が、大気を通り越して宇宙へと放出される仕組みだ。」(引用終わり)
若干解説します。実は日産がメタマテリアルという言葉を使用するのは、これが最初ではありません。音響のメタマテリアルを用いた遮音システムの特許を出願しています。そのメタマテリアルは、材料の構造で遮音を実現するというもので、電波暗室のような構造を超小型化したものを想像してもらうとよいのではないかと思います。
話が横道にそれましたが、ウオーカー・プラスにはメタマテリアルの機能を表わす図が載っておりましたのでこれも引用させてもらいます。(若干不鮮明ですが申し訳ありません)

この図では音響のメタマテリアルと熱のメタマテリアルの二つが紹介されています。いずれも自然界に存在しない材料物性であり、音響では音圧降下(遮音),熱では太陽光を波長8~13μmに変換する物質が入っているという図になっています。となると太陽光と波長8~13μmの関係が知りたくなりますが、ちょうどよい図が見つかりました。
上図は可視光線、赤外線を含む電磁波全体における赤外線領域の範囲を表しています。8~13μmは遠赤外線であり、産業分野では利用されない領域とされています。
下図では波長01μm~10μm超の波長の光と太陽光および地球からの熱放射の波長分布を示しています。太陽光の波長成分は紫外領域から赤外領域に分布していますが、強度が高い成分が可視光領域と近赤外領域に分布しています。一方地球の熱放射では波長10μmを中心とした遠赤外領域に分布しています。
「メタマテリアル」で変換された波長は8~13μmとありました。まさに地球からの放射熱と同じ遠赤外成分です。謳い文句どおりに、「地球で行われている宇宙空間への熱法放射を自然界にはない物質で実現している」ことになります。
となるとこの「メタマテリアル」がどのような物質なのかとても気になります。「自然界にはない物資で人工物」とだけしかわかりません。そこで特許を調べてみることにしました。
最初「メタマテリアル 日産自動車」で検索したところ、ヒットしたのは1件で、発明の名称 「遮音システムおよび遮音方法」、出願人 日産自動車、 特開2021-189212 でした。これはまさに「音響のメタマテリアル」についての特許で、「熱のメタマテリアル」の特許は見つかりませんでした。
そこで、開発のパートナーであるラディクール社の名前で検索したところ3件ほどヒットしました。このうちの1件が大変興味深い内容でした。特許ではなく実用新案登録ですが、帽子またはヘルメットの後ろ側にぶら下げるカバーに関する内容で、波長選択的放出層を含む放射冷却シートから形成されると書かれています。まさに日産の主張と同じです。
そして【請求項2】では、その波長選択的放出層は、誘電体粒子が分散されており波長7μm~14μmの平均放出率が0.8以上のメタマテリアルから形成とあります。まさに同じ技術と推定されます。誘電体と絶縁体のことであり、直流電圧に対して電気を通さない物質で、多くのプラスチック、セラミック、雲母などがそれにあたります。
そうなると俄然興味が出てくるのが【請求項3】です。ここには、この波長選択的放出層は、0.3μm~2.5μmの波長範囲の太陽光反射率が0.8以上であることと書かれています。つまり、太陽光のうち紫外領域、可視光領域、近赤外領域の光の大部分を反射することが必要とされています。
この【請求項3】は、「メタマテリアル」を利用した塗料が白色しかできないことの理由を物語っています。すなわち、可視光領域の光の大部分を反射してしまうということは、その物体が人間に目には白い色に見えるということに他ならないからです。
さらに、興味深いのは【請求項3】は近赤外光も大部分を反射する物質であることを述べていることです。広く普及している建築用分野の高日射反射率塗料(通称遮熱塗料)は主として可視光、近赤外の光を反射することで、塗られた物質が太陽光の照射により温度が上昇することを防いでいます。しかるに、この「メタマテリアル」も可視光だけでなく、近赤外光も反射する性質を有しており、この点に関しては通常の高日射反射率塗料と同じ機能を持っていることになります。
違う点はどこかと言えば、「太陽光を宇宙空間へ熱放射している」という点です。物理的な言い方に置き換えると、波長の短い電磁波(太陽光)を波長の長い電磁波(熱放射)に変換しているということになります。しかしながら、もしも【請求項3】の性質が「熱のメタマテリアル」の必須条件であるならば、変換される光は太陽光のうち紫外から近赤外までの光の20%以下の部分と中赤外、遠赤外の部分ということになりますが、これらはエネルギー的に太陽光の部分の一部に過ぎません。したがってこれらをすべて放射光に変換したとしても同じ白い色の車と比べて室内温度が5℃も差がつくようには思えません。
ただしこれは、あくまでラディクール社の実用新案登録に書かれている物質が、今回の「メタマテリアル」と同じものであると仮定した場合の話なので、全く別な物質であれば何の意味もない議論ではあります。
因みに、波長の短い光を長い光に変換するという現象は、ダウンコンバージョンと呼ばれ、例えば蛍光がそれにあたります。エネルギーが高い光からエネルギーが低い光に変換するということは、電子が励起されてもとの軌道とは別の軌道に落ちる際に光を発する現象で、自然界でも起こりうる話ではあります。この逆のエネルギーが低い光(波)から高い光(波)はアップコンバージョンと呼ばれて、さまざまな研究対象となっています。こうした用語を使えば、今回の日産の技術は、「太陽光をダウンコンバージョンして宇宙空間に放出する技術」ということになります。
いずれにせよ、塗料技術者にとっては大変興味深い技術だと思われます。